3月で定年を迎えた山本康雄先生(作曲・音理・ソル)からメッセージを預かりましたので、ここで紹介させていただきます。

在校生諸君に       山本康雄

 音高に勤め始めてから32年が経った。この間私は作曲や理論・ソルフェージュの授業に携わり、この学校の特色でもある「自由と自主」を生徒に育む事に成就するべく努力を続けた。多くの参考書や教材が現日本の教育方法の底流にある、「正確なる模倣」と「指導上の効率を考えた順序」を重んじる記憶力による知識の連鎖を求めているが、この方法論は本校の教育方針「自由と自主」を生徒に育むことと全く別な集合である。その上音楽は多くの場合早期教育であるため、基本を学ぶ幼少期においては「自主を持たない子供」に対しての一方的な強制により、発展期においては「自主を教師側の提示から選択させる」という全く論理性のない教育方法が一般化されてしまった。
 さて昭和60年にこの学校で音楽理論を教えることになった。前述に矛盾と疑問を感じ自らが教育方法を立て直さなければという思いで就職したが、勿論方法論が胸中に存在していたわけではない。全ての責任を持ち全てを自分が実行をするしかない、ということを自分に誓い、何があっても振れない、揺るがない、妥協しないを覚悟し、必要悪と荒波という代償は全て背負うこととした。私は「最高水準」を音高に作るため教科書を持たさないこととオリジナル教材中心を実行したのも、その意思表示である。予想通り展開する理論の理解者は皆無であるだけでなく、受動的な学習、即ち解答の供給に慣れていた生徒達をも抵抗勢力の時もあったのである。六面楚歌(四面楚歌+天井面と床面)の中、いつか理解が得られる、を信じて「音高の音楽理論は最高水準である」を耐えながら確立した。話は変わるが、だから私は熊が好きだ。私は全教科、全ての教育、生きる智慧を育む鍵は「因数分解」と「連立方程式」だと考えている。
 生徒諸君、2つのことを約束してほしい。君たちはペットや家畜になってはいけない。常に社会に(野生)で生活出来る「生きる力」を蓄えていかなければならない。なぜなら君たちは学校という園内で一生を閉じるわけではない。学校は食べ物を口に入れてもらう所ではなく食べ物を探す所だ。お腹が空いたら吠え続けることだ。このことを忘れてはいけない。多摩動物公園のキリンの様になってはいけない。座って昼寝をするキリンの姿は異様な光景だ。もう一つ私の考え方は十分参考になるだろう。しかし私の方法を実行することを目的にしてはならない。なぜなら私の方法論の第一歩は30年前にある。当時はファミリーレストランが次々誕生し今までにないものとして画期的だった。今は「ハンバーグステーキ」ときいてもそれだけでは感動などない。つまり私の考えは古いかもしれない。
 最後に君達に生きる智慧を作り出す方法論の第一歩となるきっかけをあげよう。小中学校の義務化が廃止されたとしたら君は最初に何を学びたいだろうか。